ヴィンテージ・ポストカードに宿る旅情──アメリカ・カナダの味わい深い風景を探して
はじめに
アメリカやカナダのアンティーク屋で、古い絵はがきを探す時間が楽しい。
使われないまま眠っていた絵はがきもあれば、一度誰かの手を渡った後のポストカードもある。写真やイラストに漂うヴィンテージ感や紙の質感、一枚一枚をそっと眺めるときの静かな手触り感──どれもが味わい深い。
ほんの数行のメッセージを届けるために、ポストカードを選び、ペンを走らせ、切手を貼って郵便ポストに投函する。そのあと何日もかかって受取人に届くという、あのゆったりとした時間の流れ。
ポストカードは人目に触れるものだから、書かれる言葉も重すぎない。ちょっとした一言で、さりげなく心を伝える軽やかさ。そんな“やわらかな時間とやりとり”が今も好きだ。
特に惹かれるのは、アメリカやカナダの素朴で美しい自然、田舎の穏やかな風景、そしてどこか渋い都会の空気感を写したポストカード。
なぜこの場所が絵はがきになったのだろう──と不思議に思うような、退屈なスモールタウンの一枚すら愛おしく思える。
そもそも絵はがきは、旅の途中で選ばれ、その土地の空気や楽しさを軽やかに送り届けるものだ。だからこそ、旅情が漂う一枚一枚に心惹かれるのかもしれない。
昔のポストカードの鮮明すぎない古ぼけた感じも、そのような詩情とどこか響き合っている。
自分の感性にフィットする古い絵はがきに出会えたときの、しみじみとした感激は、何物にも代えがたい。そんな小さな楽しみを胸に、今日もアンティーク屋を訪れ、お気に入りのポストカードを集めてはページに貼りつけていく。
アンティーク屋で静かに目を引いた古い絵はがき
ここでは、アメリカやカナダのアンティーク屋で入手した古いポストカードを張りつけて、情報や感想などを書いてみる(※絵はがきの製作時期などの情報は、あくまでインターネット上で調べた範囲の推定)。
一枚一枚の絵はがきを眺めながら、古びた紙のくすみや小さな折り目、そして紙のくたびれた手触りまで含めて、その味わい深さを感じ取ってもらえたら嬉しい。
新たにアンティークのポストカードを見つけるたびに、ここに追加していくので、気が向いた時にまた訪れていただければ幸いだ。
自然編
アメリカ南西部一帯の砂漠地帯。点在する岩山、乾いた川床、荒涼とした風景が広がり、典型的な南西部の大地が描かれている。このような名もなきアメリカ西部の荒野を見ると、西部独特の色気のような空気を濃厚に感じて、馬で放浪したくなる。1960年代〜1970年代頃の絵はがき。
1940年代~1950年代頃のポストカード。モンタナ州西部を流れるミズーリ川沿いの峡谷地帯、Mid Canyonの風景。岩山の険しさがモノクロ写真で際立っており、アメリカ西部の荒々しさが感じられる。
カナダ・アルバータ州キャンモア。カナディアン・ロッキーの中でも、とりわけ詩的な名をもつ山──「Three Sisters(三姉妹山)」。この古い絵はがきでは、静かな湖面を前景に、三つの峰がしんと並ぶ姿が描かれている。「C.P.R.沿線」と記されたこの一文が、かつて鉄道で旅した人々の視線をそのままなぞっているかのようだ。1900年代初頭のヴィンテージ絵はがき。
ニューメキシコ州北部を流れるチャマ川(Chama River)。リオ・グランデ川の支流のひとつで、周辺にはメサ(台地)や赤い岩山が点在し、西部の典型的な風景が広がっている。この川辺の雰囲気は、まさに荒野に現れたオアシスといった風情。1960年代〜1970年代のポストカード。
ユタ州にあるザイオン国立公園の「Court of the Patriarchs」という有名な岩山群。1950年代〜1970年代頃のポストカードで、最近の写真(下の公式サイト参照)と比べると、もちろん鮮明度では及ばない。しかし、岩山のゴツゴツした荒い雰囲気と、昔の西部劇の詩情を醸し出していて、これはこれでなかなか趣きがある。
カリフォルニア州のLake AlmanorとMt. Lassenの風景。Mt. Lassenはラッセン火山国立公園の中心的存在。湖のほとりのハイキングルートが心地良さそうだ。1940年代後半から1950年代半ば作成の絵はがき。リトグラフ風イラストの色合いも時代を感じさせて味わい深い。
ネバダ州ラスベガス近郊にあるRed Rock Canyon(レッドロックキャニオン)。ハイキングやロッククライミングの名所。ポストカードは”ヴィンテージ風”ではあるが、実際は1980年代後半作成の比較的新しいもの。西部劇好きにはたまらない荒涼とした景色の感触が味わえる1枚。
カナダ・ノバスコシア州のケープ・ブレトン島。写真に見える道路は「カボット・トレイル」。ケープ・ブルトン島を一周する有名な観光ルートで、美しい海岸線と丘陵地の絶景が広がる。加えて、作家アリステア・マクラウドの名作(『灰色の輝ける贈り物』など)の舞台となった島とわかると、隅々まで巡りたくなってくる。絵はがきは、1970年代〜1980年代初頭のもの。
ワイオミング州 Shoshone Canyonの景観。切り立った岩山と渓谷の景観を写した白黒写真。岩肌のテクスチャや自然の迫力がよく写し出されている。1920年代頃のヴィンテージポストカード。
ワシントン州のMount Index(インデックス山)とSkykomish River(スカイコーミッシュ川)を写した1950年代の絵はがき。カスケード山脈の雄大な景色が味わえる。シアトルから車で2時間程度の近場にあるので、ぜひ訪れてみたいエリアだ。
田舎町・スモールタウン・郊外編
「A FRONTIER HOME」と書かれている。西部開拓時代のアメリカ南部・中西部の風景。手作りの粗末な家屋を背景に、当時の開拓者家族が写っている。牛、薪、農機具などが写り込み、当時の生活感が強く伝わる一枚。アメリカ製の初期(1910年頃)のヴィンテージポストカード。
1960年代後半~1970年代頃の絵はがき。カナダ・ブリティッシュコロンビア州のBarkerville(バーカービル)という町の写真。1860年代のカリブー・ゴールドラッシュで栄えた歴史的な町の風景。現在は博物館・観光地として復元・保存され、当時の街並みをそのまま体験できる。
ノース・バトルフォード──カナダ・サスカチュワン州の草原地帯に生まれた小さな町。この絵はがきには、まだ舗装されていないメインストリートを中心に、煉瓦と木造の建物が並び、カナダの小都市が近代化へと歩み始めた時代が描かれている。着色された写真印刷(リトグラフ風)で、空の水色と建物の色合いが柔らかく彩色されている。1900年代初頭のヴィンテージポストカード。
アメリカ西部の観光施設・酒場・ダンスホールのような建物。アメリカ西部の夜景と、馬車のある古き良き雰囲気が魅力的。1950年代〜1960年代初頭のポストカード。折り目のついた紙の質感すら味わい深い。
オンタリオ州北部のマスコーカ地域は、湖と森に囲まれたカナダ屈指のリゾート地。写真には赤い木造の礼拝堂(Memorial Chapel)と、そこへ向かう人々が写っている。緑に囲まれた田舎の風景が心地良い。1960年代〜1970年代頃のポストカード。
19世紀後半から20世紀にかけて鉱業で栄えたアイダホ州の町、Kellogg(ケロッグ)。西部開拓時代の鉱山町の面影がにじみ出る。こういった、雄大な山々に囲まれたアメリカのスモールタウンに、なぜか郷愁のようなものを感じてしまう。1960年代頃の絵はがき。
カリフォルニア州の砂漠地帯に位置するリゾート地、Palm Desertにあるモーテル風ロッジと砂漠の山並みが描かれている。クラシックカーが並ぶ駐車場の雰囲気がいかにもアメリカっぽくて、映画の舞台として出てきそうだ。1960年代頃のポストカード。
都会編
ネバダ州リノ(Reno)のバージニア通り。「The Biggest Little City in the World(世界一の小さな大都会)」のキャッチフレーズで知られるネバダ州の都市で、カジノやナイトライフで有名。アメリカの夜のネオン街やクラシックカーのムードが染み出ている。このポストカードは1940年代後半〜1950年代初頭制作のもので、リトグラフ系のイラストで描かれている。印刷面がやや粗く、光の反射を抑えつつ、絵柄を柔らかく見せてくれるザラザラした紙質も触り心地が良い。
あくまで”ヴィンテージ風”のポストカードで、おそらく最近作られたもの。とはいえ、ビル・ロビンソンやキャブ・キャロウェイなど当時の有名アーティストの名前が見られ、この場にいれば絶対に観に行きたかったと思わせる素晴らしい写真。ニューヨークのハーレムにあったCotton Club(コットンクラブ)は、1923年に創業した有名なジャズクラブで、デューク・エリントン、ルイ・アームストロングなど数多くのアーティストが出演した。
その他(北米以外の風景や、人物など)
1940年代のヴィンテージポストカード。カナダ・ブリティッシュコロンビア州キャンベルリバーにあるPainter’s Lodge(ペインターズ・ロッジ)。白黒の鉛筆画で、暖炉を中心としたロッジのラウンジの様子が描かれている。暖炉の上には鹿の頭の剥製、薪の暖炉、ビクトリアン調の家具、本棚などが並び、カナダ西部のロッジ文化が感じられる一枚。旅の途中、こういうロッジに泊まり、夜はラウンジで静かに読書でもしたいものだ。なお、キャンベルリバーは、バンクーバー島東岸にある町で、サーモンフィッシングで有名。
ジャズシンガー/ピアニストのナット・キング・コール(Nat King Cole)が、ラスベガスのサンズ・ホテル(The Sands Hotel and Casino)でパフォーマンスをしている写真。ナット・キング・コールの歌声は、柔らかく温かみがあり、ビロードのような声質。極めて魅力的だ。本当に、こういう舞台で聴いてみたかった・・・。ポストカードは、1950年代当時のラスベガス観光プロモーションの一環として販売されていたものと推測される。
スコットランド東海岸、ファイフ地方の小さな漁村ピトンウィーム。この絵はがきは、小さな入江「West Harbour」の様子を静かに伝えている。白壁の漁師小屋、静かに佇むボート、そして岩礁の海──どこか絵本のような素朴さが残る風景だ。今回のテーマである北米の風景ではないが、かなりお気に入りの一枚なので張りつけてみた。1900年代初頭のヴィンテージポストカード。
絵はがきをめぐる本やゲーム
ここでは、古い絵はがきにまつわる本やゲームをいくつか紹介したい。上で紹介したポストカードを見て、「何か心に響いた」方は、ぜひこれらの作品にも触れてみてほしい。
『Boring Postcards USA』(Martin Parr 著/2004年)【本】

『Boring Postcards USA』(Martin Parr 著/Phaidon)表紙画像(出典:Amazon商品ページ)
マーティン・パー(Martin Parr)による一風変わった写真集で、アメリカの“退屈な”ポストカードを160枚集めた一冊だ。無表情なモーテル、立体交差点、ただ延びる平凡な建物──何の変哲もない光景の連続だが、こののっぺりとした風景が醸し出す奇妙な心地よさに、思わず引き込まれてしまう。
作品は、写真家スティーブン・ショアが切り取るアメリカの日常と共鳴するかのような、感情に左右されないミニマルな空間を提示する。旅先で手に取る“地味な一枚”が、時には一番忘れられない風景になる──そんな視点で、ぜひページをめくってみてほしい。
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『Uncommon Places』(Stephen Shore 著/2014年)【本】

Uncommon Places: The Complete Works(Stephen Shore)表紙画像(出典:Amazon商品ページ)
この記事で掲載した絵はがきの古ぼけた雰囲気が気に入った方にぴったりの写真集。スティーブン・ショアの『Uncommon Places』は、アメリカ(時にカナダ)の何気ない場所を色彩豊かに捉えた作品群で知られている。
巻末のインタビューによると、ショアはテキサス州でポストカード制作の仕事をしていた経験があり、その記憶が写真にも影響を与えていると本人が語っている。シャープでも感情的でもない“淡々とした空間”を提示する彼のレンズは、まるで一枚の絵はがきのように、旅の余白に漂う空気感をそっと宿らせている。
ポストカードの古ぼけた味わいと同じように、何でもない風景が心にじんわりと残る――そんな静かな旅心を持っている方に、ぜひページをめくってほしい一冊。
※この写真集については、当ブログでも別記事で詳しく紹介している。
よろしければ、以下のリンクからご覧いただきたい。
『ひとりよがりのものさし』(坂田和實 著/2003年)【本】

『ひとりよがりのものさし』(坂田和實 著/新潮社)表紙画像(出典:Amazon商品ページ)
著者が独自の目線で選び抜いた古いモノたちを、エッセイと写真で紡いだ一冊。扱われるのは一見ささやかで、使い古された骨董品ばかり。しかし、時を経たモノたちが放つ、詫び寂びのようなしみじみとした美しさが、この本のページには静かに息づいている。
そのなかに収められた「使用済みの古いはがき」も、絵はがき好きなら胸がときめく静かな存在感を放っている。
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『ビートルズからのラブ・レター — 4人がやりとりした51通のポストカード』(Ringo Starr 著/2004年)【本】

『ビートルズからのラブ・レター』(リンゴ・スター 著/東邦出版)表紙画像(出典:Amazon商品ページ)
リンゴ・スター自身の視点から、ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスンが彼に送ったポストカード51通を収録した、ビートルズ・ファン必読の一冊。車窓からの思い出、軽いジョーク、旅先の一言──どれも気取らず、旅するメンバー4人の距離感がそのまま伝わってくる。
「ポストカードにはこんな気楽さがあっていいんだ」と、自由で生き生きした軽やかさに引きこまれる。
ビートルズからのラブ・レター―4人がやりとりした51通のポストカード POSTCARDS FROM THE BOYS | リンゴ スター |本 | 通販 | Amazon
『Lake』(Whitethorn Games、Gamious / 2021年)【ゲーム】
絵はがきといえば、配達人の姿がよぎる。『Lake』は、アメリカのスモールタウンで郵便配達人として過ごすスローライフゲーム。
住民たちとのささやかな交流、美しい景色、そして郵便物を配るだけの何でもない時間。だが、その地味なルーティンこそが、一つひとつの場所や人の営みを感じさせる妙味となっている。
朝、住所を確認しては、手紙や荷物を一軒一軒に配達する。その穏やかさと、日常の繰り返しの中に宿る味わいを、ぜひこのゲームでじわりと噛みしめてほしい。
※このゲームについては、当ブログでも別記事で詳しく紹介している。
よろしければ、以下のリンクからご覧いただきたい。
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