『Firewatch』(Campo Santo/ 2016年)

はじめに
本作の舞台ワイオミング州をはじめとするアメリカ西部の山岳地帯では、夏になると森林火災がしばしば発生する。
乾燥した気候や雷による自然発火、人為的な火の不始末が重なり、広大な森が一瞬にして炎に包まれることもある。
その脅威に備えるため、かつては山の頂に「火災監視塔(Fire Lookout Tower)」が建てられた。塔に暮らす監視員が双眼鏡を手に、果てしない森を見渡し、わずかな煙を探し続ける──そんな静かで孤独な仕事が、長くアメリカ西部を支えてきた。
いまでは衛星やドローン、地上センサーといった技術が登場し、監視塔の役割は次第に小さくなった。それでもなお、一部の地域では現役で使われ、また観光資源や歴史的遺構として保存されている塔も少なくない。
その「火災監視塔」を舞台に、人の孤独と自然の雄大さを描いた作品が、今回ご紹介する『Firewatch』である。

ワシントン州のマウント・レーニア国立公園で見かけた火災監視塔。現在は観光用の展望台として使われている。(撮影:筆者)
静かな自然の中で──『Firewatch』の概要
『Firewatch』は、1989年のワイオミング州を舞台にした一人称アドベンチャーゲームだ。
プレイヤーは山火事監視員として森に暮らし、無線を通じてだけ人と関わりながら、静かな物語をたどっていく。
全体のプレイ時間は5時間ほど。だが、その時間はまるで山道を歩く旅のように豊かで、僕自身は10時間以上かけて、景色や会話に耳を澄ましながらゆっくりと進んだ。
赤い岩肌と針葉樹の森、広がる空と夕暮れの色。風の音や鳥の声に包まれながら歩いていると、ただのゲーム世界ではなく、ひとつの「旅」をしているような気持ちになる。
やがて登場人物の会話が、心の奥に隠れていた孤独や記憶を揺り動かし、後半に向けて物語は少しずつ謎解きの緊張感を帯びていく。
文学的な余韻や、ミステリーの緊張感を保ちつつ、同時に「アメリカの自然をめぐる旅」を思わせる稀有な作品だ。
ハイキングや自然散策に魅力を感じる人、あるいは静かな旅や読書のような時間を求めている人にこそ、じっくり味わってほしい。
――ここから先は、ゲームの流れや感想を、できるだけ丁寧に綴っていくつもりだ。あわせて、『Firewatch』が好きな人にぜひ訪れてほしいアメリカの観光地や、雰囲気の近い作品もたくさん紹介している。
文章は長くなるが、コーヒーでも飲みながら、深い森を静かに歩くような気持ちで、ゆっくりと読み進めてもらえたらうれしい。

『Firewatch』より:火災監視塔にて。 © Campo Santo
具体的な内容紹介と感想(大きなネタバレなし)
物語の設定と基本的な流れ
本作の舞台は、1989年のワイオミング州、ショショーニ国立森林公園。主人公は、広大な森に建つ監視塔に派遣された「森林火災の監視員」だ。
プレイヤーは一人称視点でヘンリーという男性を操作し、森を歩き、任務をこなしながら日々を過ごす。
彼の相棒となるのは、近隣の監視塔から無線で連絡を取り合う女性上司・デリラ。その声だけの存在が、孤独な日々の中で物語を導いていく。
ゲーム冒頭では、テキスト形式でヘンリーの過去が描かれ、いくつかの選択肢を通じて彼の歩んできた人生を追体験する。
病に苦しむ妻を残し、現実から逃げるように山奥での孤独な仕事を選んだことが明らかになり、開始からわずかな時間で彼の痛みや葛藤が胸に迫ってくる。
やがて物語が動き始めると、プレイヤーは監視員としての任務に就き、森の中を移動しながら様々な作業をこなす。
その合間に交わされるデリラとの会話は、ただのゲーム進行を支える仕組みではない。
状況説明や仕事の指示でありながら、同時に彼らの私生活や過去、そして森にまつわる雑学的な知識をも織り込み、世界を豊かに広げていく。
何より印象的なのは、その会話の自然さだ。ウィットに富みながらもさりげなく心情を映し出し、プレイヤーがヘンリーの応答を選ぶことで、物語への没入感がさらに深まっていく。
森を歩きながら交わされるその声のやり取りは、まるで長いハイキングの道中で、隣を歩く誰かと語り合っているかのようだ。

『Firewatch』より:アメリカにおける森林火災の過去の管理方針について、デリラと会話するシーン。 © Campo Santo
ストーリーやキャラクター描写については、核心に触れるネタバレを避けつつ、「雰囲気と方向性だけ」を伝えておきたい。僕自身ミステリーファンゆえ、できるだけ白紙のまま味わってほしいからだ。
ゲームの前半は、花火を打ち上げるキャンパーを注意しに行ったり、補給品を取りに出かけたりといった、地味で実務的な作業を淡々とこなす日々が続く。
コンパスと地図を手に森を歩く時間は、華やかさこそないが、まさに監視員としての仕事を疑似体験している感覚がじわじわと体に染み込んでくる。
やがて、森の奥で起こる小さな違和感が、物語に陰を落とし始める。不穏な出来事が静かに積み重なり、風景の美しさと裏腹に、じわじわとサスペンスやミステリーの気配が漂っていく。
森林公園の奥深くに隠された場所や、過去に何かが起きた痕跡が姿を現し始めるのだ。その断片をつなぎ合わせる過程が強い推進力となり、気づけばやめどきを失うほど没頭していた。
やがて、山火事の怖さと臨場感を、肌で確かめるような局面にも触れることになる。
本作は大仰などんでん返しで驚かせるのではなく、痕跡を拾い、手がかりをつなぎ、現場の空気を確かめる過程にこそ面白さが宿る。歩いた距離に比例して、見えている世界の解像度が上がっていく──そんなタイプのミステリーである。
とはいえ、展開は決して性急ではない。ヘンリーとデリラのウィットに富んだ会話が場を和ませ、自然を味わう時間や心境を奪うことはない。
むしろ、「森をゆっくり歩きたい」という気持ちと、「物語の核心に近づきたい」という欲求が、絶妙なバランスで共存している。
そして会話の中では、二人の過去や現在の心境が少しずつ語られていく。彼らの関係が深まっていく過程を見守りながら、プレイヤー自身もまた、その人生に思いを巡らすことになるだろう。

『Firewatch』より:見晴らしの良い山道を歩きながら、物語の世界にじわじわ入り込んでいく。 © Campo Santo
マップの設計も実によく練られている。本作は一人称視点で、豊かな自然に包まれた森の中を歩き回ることが中心となる。
いわば小さなオープンワールドのような空間だが、一方通行となる大きな段差や、ロープや斧といった道具がなければ進めない場所が効果的に配置されている。
そのため序盤は迷うことなく進め、物語に導かれるように歩くことができる。
やがて道具が手に入り、進める範囲が少しずつ広がっていく。旅の途中で地図が開かれていくように、探索の自由度が高まっていく仕組みだ。
ストーリーの流れを阻害することなく、自然に導き、やがて解き放つ――そのバランス感覚は、この作品の規模にふさわしく、心地よい。

『Firewatch』より:仕事の合間に、湖の畔で少し休憩。 © Campo Santo
森を歩くように味わうハイキング体験
何より心を惹かれたのは、現実のハイキングと同じように、ただ森の空気を吸い込み、無心に歩く時間を楽しめるゲームだということだ。
『Firewatch』はしばしば「ウォーキング・シミュレーター」の代表作として語られる。実際、移動中にあるのは、デリラとのやり取りや小さな作業が時折挟まる程度で、基本は「歩く」という行為そのものが中心に据えられている。
多くのゲームでは、敵や課題、収集要素が散りばめられ、次々に前へと急がされる。アドレナリンを絶えず分泌させるような、その切迫感もまたゲームの醍醐味だろう。
だが、ときには歩みに速度を求めず、自然の懐に身をゆだね、思索しながらゆっくりと世界に浸りたいこともある。『Firewatch』は、まさにそうした「静かで内省的な時間」を好む人にふさわしい一作である。

『Firewatch』より:雄大な谷の景色をゆったりと眺める。 © Campo Santo
僕自身、標準設定の歩行速度でも少し速く感じられたため、スティックを浅く傾けて、意識的にゆっくりと歩いた。そうして一歩一歩を確かめるように進むことで、仮想のハイキングがより濃密な時間へと変わっていった。
このように、本作の魅力は「急がないこと」にある。
ゲーム全体のトーンが、通常の作品のように前へ前へと急き立てるのではなく、「歩みを緩めたい」「今を味わいたい」という逆方向の推進力を与えてくれるのだ。
その感覚を支えるのが、地図とコンパスで行き先を確かめる作業や、インスタントカメラで風景を切り取るといったアナログな行為である。どれもが「ゆっくり進みたい」という気持ちと響き合い、体験を豊かにしてくれる。
もっとも、必要なら軽く走ることも可能だ。とりわけ終盤の展開では、その切り替えが自然に機能し、プレイのテンポを損なわないよう配慮されている。
視覚と音が織りなす自然のリアリティ
グラフィックとサウンドによる “自然描写” について触れておきたい。
僕自身、北米でのハイキングが好きで、土を踏みしめながら景色や空気をゆったり味わう時間を大切にしてきた。
木の根が張り出した小径、岩肌の質感、光と影の揺らぎ、遠景に広がる山並みや水のせせらぎ──そうしたものを静かに見つめながら歩く感覚が、この作品の中で思いのほか鮮やかに再現されている。
ポプラの森、湖畔や小川、赤茶けたキャニオンといった多彩な風景に、低木や草花、大小の岩々が彩りを添える。
ゲームの日々の移ろいとともに、朝の澄んだ光や夕暮れの陰影、雨の降る森など、時間帯や天候の変化が重なり、歩くたびに異なる表情に出会えるのも魅力だ。

『Firewatch』より:ハイキング中の風景。 近くの草木の感触までじっくりと味わう。 © Campo Santo
当初は、水彩画のようなタッチで描かれたこのグラフィックに、どれほどリアリティを感じられるのだろうかと思っていた。
だが実際に足を踏み入れてみると、シンプルでありながらも色彩の調和が見事で、想像以上に「リアルな感触」として迫ってきた。
そこに添えられるのは、風の音や足音を中心とした控えめな環境音。派手さを排したその静けさが、むしろ自然の存在感を際立たせる。
外界の風景と向き合いながら、同時に自分の内面へと沈んでいく──現実のハイキングに極めて近い没入感を味わうことができるのだ。
環境音に加え、音楽の存在も忘れがたい。
荒野を歩くときの静かな高揚感や、主人公の胸の奥に潜む不安や孤独が、旋律のひとつひとつにさりげなく映し出されている。
新しいエリアに足を踏み入れた瞬間や、物語の転調を迎える場面でふと流れ始める音楽は、景色そのものに呼応しているかのようだ。
サウンドトラック単体として耳を傾けても、十分に楽しめる完成度を備えている。だが実際に森を歩き、無線の会話を聞き、風の音に包まれながら出会う音楽は、単なるBGMではなく、その瞬間を深く刻み込む旅の伴奏のように感じられる。

『Firewatch』より:ハイキング中の風景。 © Campo Santo
心を潤す“絵画的”な美しさ
『Firewatch』は、ゲームでありながら、まるで絵画を眺めるように楽しむことができる作品でもある。
どの場面を切り取ってもキャンバスに映えるような美しさがあり、気がつけば何枚もスクリーンショットを撮ってしまった。
この感覚は、『Dear Esther』や『Abzû』といった作品を遊んだときにも覚えがある。美術館で優れたアートをじっくり鑑賞した後のような、頭と心の奥にゆっくりと充足感が満ちていくあの感覚に近いのだ。
かつてアメリカ西部の町サンタフェで、画家ジョージア・オキーフの美術館を訪れたことがある。花や風景を題材にした抽象画を堪能し、館を出た瞬間に、自分の中に不思議な活力が湧きあがるのを感じた。
色彩や形が潜在意識に直接語りかけてくるようで、アートの力を全身で受け取った体験だった。
『Firewatch』を歩いていると、あのときの感覚がふとよみがえる。色彩豊かで簡潔に描かれた森や渓谷は、どこかオキーフのタッチを思わせ、風景そのものがアート作品のように立ち上がってくるのだ。
ゲームを遊びながら、絵画に触れたときと同じように、自分の内面に静かなエネルギーが注ぎ込まれていく──そんな体験を与えてくれる。
※数々の美しいスクリーンショットは以下で↓
ゲームを通じた小さな社会見学
「森林火災の監視塔」という舞台設定そのものにも、強く惹かれた。
灯台や地下のバンカー、森の丸太小屋やツリーハウス──人里離れた場所に身を置く空間には、どこか「自分だけの隠れ家」のような魅力が漂う。複雑で忙しい人間社会から切り離され、静けさの中に身を沈める感覚に、自然と心が動かされるのだ。
そこに「火災監視員」という職業が重なることで、舞台は現実味を帯びる。
実際の監視員は、孤独な自然の中でどんな日々を送り、どんな風景を見つめているのか──そうした想像が膨らみ、ゲームを通じてその世界を少しでも覗いてみたいと思わせてくれる。北米の広大な森で頻繁に起こる森林火災の現場に立ち会うような臨場感もまた、この作品の大きな魅力なのだ。

『Firewatch』より:火災監視塔。 © Campo Santo
こうした舞台設定の魅力に加えて、本作には “現実の知識” に触れられる社会見学的な要素も描かれている。
たとえば、防火帯の内側にあえて火を放ち、延焼を食い止める山火事対策が紹介される場面。
さらには、森の中に残されたアメリカ先住民の遺跡──石で円形を描いた「メディスン・ホイール」にも言及がある。これは祈りや儀式の場として使われてきた聖地であり、自然と霊的な世界を結びつける象徴でもあった。
ただの物語体験にとどまらず、遊びながら社会や文化を学べる側面があるからこそ、さらに深掘りしたくなるような余韻が残るのだ。
もう少し触れてほしかった日常の積み重ね
一方で、惜しく感じた点もある。
それは「監視塔での仕事や暮らしのルーティン」が、思いのほか簡略に描かれていたことだ。
定期的な火災の見張りや、方角を測る火災測位儀の操作、あるいは食事や雑事といった日常の営み。そうした場面がもう少し丁寧に描かれていれば、塔の中での時間をより深く追体験できたのではないかと思う。
もちろん、シミュレーションのような厳密さを求めているわけではない。ただ、山上の小さな監視塔で送られる孤独で静かな日々の息づかいを、もう少し感じてみたかったのだ。
『Firewatch』を遊んだあとに訪れたくなる場所
『Firewatch』で描かれる美しい自然や、森の小道を歩く感覚に魅了されたなら、ぜひ現実のアメリカ西部を旅してみてほしい。
ゲームの舞台となったワイオミング州、そしてその周辺には、壮大な国立公園や自然保護区が数多くあり、誰でも気軽にハイキングを楽しむことができる。
ここからは、僕自身が実際に訪れ、深く心に残った場所をいくつか紹介したい。仮想の森を抜けて、現実の大地へと歩みを進めるきっかけになれば嬉しい。
ゲームの舞台となったワイオミング州の雄大な自然
僕自身は『Firewatch』の舞台であるショショーニ国立森林公園にはまだ足を運んでいないが、その周辺のエリアは訪れたことがある。
北西には世界的に有名なイエローストーン国立公園、その南には険しく美しいグランド・ティトン国立公園が広がり、訪れる者を圧倒する風景が続いている。
さらに、ゲーム『The Last of Us』シリーズの舞台にもなったジャクソンや、作中でも言及されるコーディといった町も点在している。コーディには「バッファロー・ビル博物館」もあり、西部開拓時代を体感できる貴重な場所となっている。
そして、ワイオミングといえば、西部劇の名作『シェーン』の舞台でもある。
赤茶けた大地と雪をいただく山々、その懐に広がる牧場や小さな集落──。『Firewatch』が描く1989年の孤独な森の風景と、『シェーン』が語った開拓時代の人間ドラマ。そのどちらも、同じ土地の持つスケールの大きさと人間の営みの歴史を映し出しているように思う。
ワイオミングは、雄大な自然とともに、バッファローをはじめとする野生動物、西部開拓の歴史が色濃く刻まれた土地だ。自然が好きな人にも、西部劇や歴史に心惹かれる人にも、ぜひ訪れてほしい場所である。
なお、西部劇『シェーン』については、別の記事で詳しくレビューしているので、興味のある方はぜひそちらも読んでみてほしい。

「グランド・ティトン国立公園」のハイキングトレイルにて。このような風景を心ゆくまで堪能できるのが、『Firewatch』の舞台となったワイオミング州だ。(撮影:筆者)
ユタ州の国立公園
『Firewatch』を歩いているとき、真っ先に思い浮かんだのはユタ州の「アーチーズ国立公園」だった。ゲームに登場する赤い岩肌のキャニオンや、空を切り取るような巨大なアーチは、まるでこの公園の風景を連想させる。
さらに、同じくユタ州の「キャピトル・リーフ国立公園」に広がるトレイルの静けさも思い起こされた。ここは他の国立公園と比べて人影が少なく、ゲームのようにゆったりと自然の中を歩ける点が魅力である。
実際にこれらの公園を訪れれば、ゲームで見た道のりを思い出しつつ、その何倍ものスケールで広がる雄大な風景に包まれることだろう。
ユタ州は、ゲームの舞台となったワイオミング州のすぐ南に位置している。
キャニオン地帯を中心に、まだまだ語り尽くせないほどの国立公園を擁する土地だ。赤い岩の荒々しさと、空の青さの対比を愛する人なら、必ずや心惹かれるはずである。
(※この下に、ゲーム内の風景と、僕自身がハイキング中に撮った写真を並べてみた。ゆったりと見比べながら旅情を感じていただければと思う。)

『Firewatch』より:ユタ州の風景を彷彿させる、岩の造形が楽しめるハイキングトレイル。 © Campo Santo

『Firewatch』より:ユタ州の風景を彷彿させる、ハイキングトレイルに現れる岩のアーチ。 © Campo Santo

「アーチーズ国立公園」のハイキングトレイルにて。岩の「異空間」感に圧倒させられる。(撮影:筆者)

「アーチーズ国立公園」内の岩のアーチ。左下に見える人のサイズから、規格外のスケールが感じられるだろう。(撮影:筆者)

「キャピトル・リーフ国立公園」のハイキングトレイルにて。岩壁に挟まれた狭い道を歩いていく。派手ではないが静かな魅力がにじみ出るトレイルだ。(撮影:筆者)

「キャピトル・リーフ国立公園」内の岩のアーチ。身近に見上げると圧倒的な迫力を感じる。(撮影:筆者)
アリゾナ州・セドナ
『Firewatch』の風景を歩いていると、ときおり思い出されたのがアリゾナ州のセドナだった。
赤茶けた大地に小川がきらめき、その合間を縫うようにハイキングトレイルが伸びている──そんな情景は、まさにゲーム内の一場面と重なって見える。
セドナの魅力は、ただ壮大であるだけではない。どこか人を受け入れるようなやわらかな雰囲気が漂い、平坦で歩きやすいコースも多い。
雄大な赤い岩山を仰ぎ見ながら、静かな散策を楽しむ時間は、旅人に深い安らぎを与えてくれるだろう。

セドナのピクニックエリア。のどかな雰囲気に癒されるエリア。(撮影:筆者)

セドナのハイキングトレイルから見た風景。トレイルを歩いている間、美しすぎる風景が続き、何枚写真を撮っても足りない。(撮影:筆者)
※セドナについては、当ブログでも別記事で詳しく紹介している。以下のリンクから美しい自然を堪能していただければ幸いだ。
👉ブログ内記事: セドナでまったりハイキング!美しい自然を静かに味わう旅【自然の見どころ紹介】
『Firewatch』が好きな人におすすめしたい本やゲーム
『斧・熊・ロッキー山脈 森で働き、森に暮らす』【本】
『Firewatch』の主人公は「森林火災の監視員」だが、同じようにアメリカの大自然の中で働く人々の姿を描いた本がある。
それが、トレイル整備隊として国立公園で汗を流した女性の回想録『斧・熊・ロッキー山脈 森で働き、森に暮らす』だ。
前半の舞台は、ワイオミング州の北に隣接するモンタナ州「グレイシャー国立公園」。氷河と山岳が織りなす壮大な風景の中で、倒木を片づけたり、岩の階段を築いたり、荒れた道を再生したりといった重労働が、生き生きと描かれている。
しかし本書は単なる労働記録にとどまらない。著者自身の生活や仲間たちの姿、自然に根ざした暮らしの息づかいまでも瑞々しく綴られ、読む者を山小屋や森のキャンプへと誘ってくれる。
『Firewatch』の前半で味わえる「山で黙々と作業をこなす感覚」が心に残った人には、まさにぴったりの一冊だろう。加えて、著者が予備消防員として山火事に立ち向かった経験や、火と森の関わりに対する考察も綴られており、ゲームのテーマとも自然に響き合っている。
👉『斧・熊・ロッキー山脈 森で働き、森に暮らす』(Amazonページ)
👉ブログ内記事:『斧・熊・ロッキー山脈 森で働き、森に暮らす』書評・感想・レビュー:アメリカの国立公園でトレイル整備隊として働く女性の体験記
『Walden, a game』【ゲーム】
『Firewatch』のように、アメリカの自然の中を静かに歩き、そこでの暮らしに身を置く体験を与えてくれる作品がある。
それが、マサチューセッツ州コンコード近郊の森と湖を舞台にした『Walden, a game』だ。
プレイヤーは、実在した作家であり思想家のヘンリー・デイヴィッド・ソローとなり、ウォールデン池のほとりに建てた小屋で生活を始める。
森の中を一人称視点で歩きながら、ベリーを摘み、薪を割り、畑を耕す。小さな作業のひとつひとつが、不思議な充足感をもたらしてくれる。
このゲームの魅力は、生活シミュレーションにとどまらない。森を自由に探索し、動植物を観察し、自然から受け取ったインスピレーションを文章に綴ると、画面にはソローの『ウォールデン 森の生活』の言葉が静かに浮かび上がる。まるで、彼の思想に寄り添いながら自分自身の歩みを重ねていくような感覚だ。
また、ときには町に出て物資を調達したり、手紙を通じて人と交流する場面もあり、孤独だけでなく人とのつながりも物語にさりげなく織り込まれている。
自然の美しさと、淡々とした日々の営み、そしてソローの言葉と音楽。そうした要素がひとつに溶け合い、穏やかで前向きな空気をまとった、心に残る作品となっている。

『Dear Esther』【ゲーム】
ウォーキング・シミュレーターというジャンルの源流とも言われる小さな作品が、『Dear Esther』だ。
舞台はスコットランドのヘブリディーズ諸島。プレイヤーは一人称視点で荒涼とした島を歩きながら、亡き妻に宛てた手紙の朗読に耳を傾ける。
月明かりに照らされた浜辺や、静謐な洞窟、霧の中に沈む断崖――その風景はどこか幽玄で、この世とあの世の境目をさまよっているような感覚を呼び起こす。
音楽もまた印象的で、空間そのものを異世界へと変容させ、歩みを進めるごとに深い余韻を残していく。
特別な仕掛けがあるわけではない。ただ自然の中を静かに歩き続けるだけの作品だが、美術館で優れたアートに長く身を委ねたときのような、心の奥にしみわたる充足感がある。
ゲームというより、一篇の詩や映像芸術に触れるような体験。『Firewatch』の余韻をさらに静かに深めたい方に、ぜひ味わっていただきたい作品だ。

『レッド・デッド・リデンプション2(Red Dead Redemption 2)』【ゲーム】
もうひとつおすすめしたいのが、西部劇オープンワールドの傑作『レッド・デッド・リデンプション2』である。
連邦政府に追われる無法者たちの、銃撃戦を伴う血生臭い物語が展開される一方で、プレイヤーは山中で焚き火を囲み、仲間と穏やかなキャンプ生活を楽しむこともできる。
何よりも魅力的なのは、アメリカ西部から南部へと広がる雄大な自然そのものだ。高原の草原、深い森、霧立ちこめる沼地、雪を頂く山々――その風景を、何時間も歩き回るだけで心が満たされる。
『Firewatch』で「自然を歩く」という感覚に魅了された人なら、この作品が描き出す世界の奥行きと深みを、きっと存分に味わえるだろう。

『Red Dead Redemption 2』より:雄大な自然の中を、徒歩で、馬で、ゆっくり巡ることができる。 © Rockstar Games
👉『レッド・デッド・リデンプション2』(Amazonページ)
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📖関連記事:
『Firewatch』の静かな森歩きに魅了された方には、こちらの記事もおすすめしたい。
👉ブログ内記事:グレイシャー国立公園「ハイライン・トレイル」を歩く:天空の絶景が続くハイキング
50枚の写真を通して、長い道のりをじっくりと歩く「仮想ハイキング」を体験できる内容だ。
変化する光や谷の広がり、山道の息をのむような風景が続いていく様子は、『Firewatch』の自然にゆったり浸る感覚とどこか呼応している。ゲームを終えたあと、現実の大自然を旅するように、この道を一緒に歩んでみてほしい。

グレイシャー国立公園「ハイライン・トレイル」からの風景(撮影:筆者)
また、『Firewatch』と同じように、アメリカ西部の広大な自然や「火災監視塔」の雰囲気を味わえるゲームとして『Days Gone』も紹介しておきたい。作中に描かれる「木」や「森林」の存在感について考察した記事もあるので、ぜひこちらも覗いてみてほしい。
👉ブログ内記事:『Days Gone』とオレゴンの森──終末世界に息づく「木」の物語
『Days Gone』は、フリーカーと呼ばれる感染者が徘徊するポストアポカリプスを舞台にした、非常にハイテンションなゲームだ。濃厚なストーリーや大群との激しい戦闘ではアドレナリンが噴き出す。
しかしその一方で、オレゴン州の大自然や、荒廃した世界に漂う静けさもじっくり味わえる、懐の深い作品でもある。
舞台は深い森に囲まれた「火災監視塔」での生活から始まる。上の記事ではその恐ろしくも美しい森林描写や、木々の多面的な役割について掘り下げている。
このゲームを知らない人でも、ぜひ興味本位で読んでもらえたら幸いだ。

『Days Gone』より:序盤の拠点となる森林火災監視塔 © Bend Studio

『Days Gone』より:朝日が差し込む静かな森の小道 © Bend Studio
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