『シートン 4:タラク山の熊王(モナーク)』書評・感想:猟師と熊の壮大な追跡劇──アメリカ西部の大自然を描き切った名作漫画

『シートン 4:タラク山の熊王(モナーク)』(谷口ジロー 著、今泉吉晴 著/2008年)

 

『シートン 4:タラク山の熊王(モナーク)』(谷口ジロー/今泉吉晴)表紙画像(出典:Amazon商品ページ)

 

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はじめに──序盤のあらすじ

(※この記事では物語の骨組みや雰囲気を紹介するにとどめ、大きなネタバレは避けている。ただし、序盤(全体の約1/5)のあらすじなど、一部小さなネタバレを含む点はご了承いただきたい)

 

本作は、アーネスト・T・シートンの名著『シートン動物記』を原典に、今泉吉晴著『子どもに愛されたナチュラリスト シートン』を原案とし、谷口ジローが描き直したコミカライズ版の第4章。

 

物語の時代は19世紀後半、舞台はカリフォルニア州シエラ・ネバダ山脈。その奥にそびえるタラク山を中心に、一頭の熊をめぐる壮大な物語が始まる。

 

冒頭、猟師ラン・ケリヤンシートンに語って聞かせるのは、子連れの熊との遭遇から始まる奥深い体験談だ。

焚き火を囲む夜ごとに語られるその話は、やがて「熊王(モナーク)」と呼ばれる大熊の姿へとつながっていく。単なる狩りの武勇伝ではなく、人と自然の境界を揺さぶるスケールを持った物語である。

 

ケリヤンは母熊を撃ち倒したのち、残された二匹の子熊を育て始める。名はジャックジル。森の中で過ごす日々は穏やかで、特にジャックは人懐こく、愛情を受けながらすくすくと成長していった。

 

しかし、金に困ったケリヤンは子熊たちを行商人に売り渡してしまう。

送られた牧場は、子熊たちにとって決して居心地のよい環境ではなかった。やがてジルは人に襲いかかったため処分され、残されたジャックだけが生き延びる。

 

月日が流れ、ある出来事を機にジャックは牧場を逃れ、ふたたびタラク山に帰りつく。

自由を得た彼は野生の中で力を増し、家畜を襲い、人々に恐れられる存在へと変わっていく。ある場所ではグリンゴと呼ばれ、またある場所ではモナーク──熊王として語られるようになる。

 

そして物語は再び、かつての飼い主ケリヤンと交わる。

彼はその大熊がジャックであることを知らぬまま、「恐るべき熊」を追う狩りに挑んでいくのだった……。

 

 

 

 

果てしない追跡の物語──猟師ケリヤンと大熊モナーク

本書の醍醐味は、何といっても物語全体を貫く「追跡劇」にある。

西部劇で保安官が逃亡者を追う場面や、探偵小説で犯人をじわじわと追い詰めていく展開はよくあるが、本作ではそれが数年にわたる長期の追跡として描かれる。

猟師ケリヤンがついに大熊を仕留めるのか、それともジャックが逃げ切るのか──その緊張感がじわじわと積み重なり、読者を離さない。

 

ケリヤンは痕跡をたどり、辛抱強く追跡を続ける。一方のジャックは、シエラ・ネバダの険しい山々を自在に駆け抜け、持ち前の知恵と力強さで追跡をかわす

広大な大自然が舞台であるがゆえに、一度見失えば再び姿をとらえるまでに長い時間がかかる。そして、追跡が長引くほど、周囲の牧場では牛や羊が大熊ジャックの犠牲となっていく。

被害の拡大が新たな手掛かりともなり、さらにケリヤンの “猟師魂” を突き動かす。

様々な手を尽くすが、一筋縄ではいかない。特に、罠をめぐる攻防は読み応えがあり、狩猟の技法そのものへの興味もかき立てられる。

 

視点がケリヤンにとどまらないのも本作の特徴だ。ジャックの行動や心理までもが丁寧に描かれ、まるで熊の心が浮かび上がってくるようだ。

谷口ジローの絵によってその表情や動きが迫力を持って伝わり、シートンが生涯注いだ動物観察の眼差しがそこに息づいている。

ジャックは怪物として恐怖を煽る存在ではなく、雄大な大陸を体現するかのような強さと賢さをまとっている。

 

さらに物語の合間には、現在のケリヤンが過去を振り返る場面や、近隣コミュニティの関わりが挟まれる。こうした複層的な描写が加わることで、単なる追跡の繰り返しに陥らず、物語に厚みと広がりが生まれている。

 

そして忘れてはならないのは、ケリヤンが追っているのはかつて自ら育てた熊だということだ。

敵であると同時に、愛情を注いだ存在。ケリヤンはまだそのことを知らない。だからこそ、追跡の行方には「どう決着を迎えるのか」という別の求心力も働いてくるのだ。

 

 

 

 

アメリカ西部の風景と時代──物語を包み込む世界観

本作のもう一つの大きな魅力は、風景や時代背景を丹念に描き出す世界観にある。

アメリカ西部の雄大な自然はどこか懐かしさを帯び、西部劇さながらの躍動感と共に物語を支えている。

 

追跡の舞台は広大な草原や深い森、険しい谷。

そこを駆けめぐるケリヤンとジャックの姿が繰り返し描かれ、その合間にはオグロジカやクロクマといった野生動物たちも度々登場する。

大自然の景色はただ背景としてあるのではなく、読んでいる者の心を癒し、包み込むように広がっていく。

 

さらに物語は、19世紀後半の西部開拓時代をリアルに映し出す。

放牧の光景やカウボーイのロープさばきゴールドラッシュに沸く町の喧噪──ページをめくるたびに、まるで古い西部劇映画を見ているような高揚感が生まれる。

 

その中に散りばめられる小さな場面も見逃せない。

ジャックが蜂蜜を求めてミツバチの巣に挑むシーン、熊を恐れて崖に取り残される羊たち、罠箱設置の工夫……。どれもさりげないが、現実の知識や暮らしを投影した描写であり、物語に確かな手触りを与えている。

 

気づけば読者は、ページの向こうで西部開拓時代の大地を駆け巡り自然の懐に抱かれているような気分に浸っていく。

 

 

 

ケリヤンがかつて愛情を注いで育てた熊ジャック。再び追う者と追われる者として相まみえる物語。

どう決着するのか──その答えを思い描きながら、シートンや谷口ジローたちが描き切った濃密な「追跡劇」を、西部の大自然の息吹と共にじっくり味わってほしい。

 

 

 

 

 

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