『ブルーベリー 黄金の銃弾と亡霊』──乾いた荒野を旅する、西部劇漫画の傑作

『ブルーベリー 黄金の銃弾と亡霊』(ジャン=ミシェル・シャルリエ 原作、ジャン・ジロー 作画/2012年)書評・感想・レビュー

 

『ブルーベリー 黄金の銃弾と亡霊』表紙(出典:Amazon商品ページ)

『ブルーベリー 黄金の銃弾と亡霊』Amazonページ

 

 

 

 

💡『ブルーベリー 黄金の銃弾と亡霊』とは?

『ブルーベリー』は、ジャン=ミシェル・シャルリエ(原作)ジャン・ジロー(作画)によるフランス語圏の西部劇漫画シリーズである。
主人公は、型破りな騎兵隊士マイク・ブルーベリーアメリカ西部を舞台に、金鉱、先住民、軍隊、賞金稼ぎ、ならず者たちが入り乱れる冒険を描き、世界的な西部劇漫画の古典として高く評価されている。

本書『ブルーベリー 黄金の銃弾と亡霊』は、そのシリーズの日本語版の一冊であり、『彷徨えるドイツ人の金鉱』『黄金の銃弾と亡霊』『アリゾナ・ラヴ』の3編を収録している。(※『彷徨えるドイツ人の金鉱』と『黄金の銃弾と亡霊』はひと続きの物語であり、金鉱をめぐる冒険が前後編のような形で描かれている。)
シリーズ全体の一部ではあるものの、一冊の西部劇作品としても十分に楽しめる内容となっている。
なお、KADOKAWA/エンターブレイン版には、日本語版特典として谷口ジロー寺田克也によるコメント&イラストも収録されている。

 

💡ジャン・ジロー/メビウスとは?

ジャン・ジロー(1938–2012)は、フランスを代表する漫画家・イラストレーターである。
西部劇漫画『ブルーベリー』では本名のジャン・ジロー(Jean Giraud あるいは Gir)名義を使用し、『アルザック』『アンカル』などの幻想的・SF的な作品では「メビウス(Moebius)」の名で活動した。

その独創的な画風と世界観は、漫画、アニメ、映画、ゲームなど幅広い分野に影響を与え、日本でも宮崎駿大友克洋をはじめ、多くのクリエイターから高く評価されている。

 

💡バンド・デシネ(BD)とは?

バンド・デシネ(BD)とは、主にフランスやベルギーなどフランス語圏で発展した漫画文化のことである。
日本の漫画と比べると、大判・フルカラーの作品が多く、一枚一枚の絵や色彩をじっくり味わう作品も少なくない。
フランス語圏では「第9の芸術」と呼ばれることもあり、漫画でありながら文学や映画、美術と並ぶ文化として親しまれている。

『ブルーベリー』は、そのバンド・デシネを代表する西部劇作品のひとつとして知られている。

 

 

 

 

 

収録作の概要──ネタバレなしでざっくり紹介

感想に入る前に、まずは本書に収録された作品がどのような物語なのか、ネタバレにならない範囲で簡単に触れておきたい。

 

 

『彷徨えるドイツ人の金鉱』/『黄金の銃弾と亡霊』

※『黄金の銃弾と亡霊』は、『彷徨えるドイツ人の金鉱』から続く物語であるため、ここでは前半『彷徨えるドイツ人の金鉱』序盤のみ紹介する。

 

舞台はアリゾナ州。ある日、「巨大な金鉱を知っている」と語るラックナーという男が、詐欺師ではないかと疑われ、保安官ブルーベリーに捕らえられる。しかし、その金鉱伝説に魅せられた保安官助手ジミーによってラックナーは逃亡。こうして、ブルーベリーは二人を追うことになる。

一方、その金鉱を狙う冷酷な殺し屋たちも行動を開始。さらに周辺ではアパッチによる襲撃も発生しており、乾いた荒野を進むこと自体が危険な状況となっている。

果たして金鉱は本当に存在するのか。ラックナーは捕らえるのか。そして誰かが黄金を手にするのか。

広大な荒野を舞台に、欲望と思惑が交錯する追跡劇が幕を開ける。

 

 

『アリゾナ・ラヴ』

舞台はニューメキシコ州とアリゾナ州。物語は、小さな村で行われる結婚式の場面から始まる。
大金持ちの実業家スタントンと、美しく大胆な女性チワワ・パール。その結婚式の最中、ブルーベリーが馬に乗ったまま教会へ現れ、花嫁を連れ去ってしまう。

チワワ・パールは、かつてブルーベリーと冒険を共にした女性だった。彼女への想いから突き動かされたブルーベリーは、そのまま荒野へ逃走。怒ったスタントンたちは、二人を追って動き出す。

前2作の金鉱をめぐる物語に比べると、こちらは少し軽妙で、人間臭い騒動劇の味わいが強い。恋、大金、追跡、駆け引きが絡み合いながら、荒野を舞台にした逃走劇が展開していく。

 

 

 

以上が、本書に収録された3編の大まかな内容である。

ここからは、実際に読んで強く印象に残った点を中心に、『ブルーベリー 黄金の銃弾と亡霊』の魅力について書いていきたい。

 

 

 

 

 

最初は読むテンポに少し戸惑った

まず、内容について語る前に、漫画としての読み心地について触れておきたい。

『ブルーベリー 黄金の銃弾と亡霊』を読んで最初に感じたのは、日本の漫画のように、テンポよく一気に読み進めるタイプの作品ではないということだった。

コマの中のセリフや説明文は多めで、絵の流れだけを追ってサッと読んでいくことはできない。少し大げさに言えば、挿絵がふんだんに入った西部劇小説を読んでいるような感覚に近い。

日本の漫画では、絵と文字が一体となって同時に頭へ流れ込んでくることが多い。だが本作では、まず会話や説明を読み、その後に絵を見る。そしてまた文字を読み、絵を見る。そんな往復運動でページを進めていく感覚があった。

 

最初は、その速度感に少し戸惑った。

ただ、読み方がつかめてくると、むしろそのゆっくりしたテンポが、この作品の味わいにつながってくる。ページを急いでめくるのではなく、セリフを読み、人物の表情を追い、背景に描き込まれた岩山や町並みを眺める。

そうして一コマ一コマに足を止めているうちに、アメリカ西部の乾いた空気が少しずつ立ち上がってくる

この本は、ゆったりと荒野を旅するように読む西部劇漫画なのだと感じた。

 

 

 

 

 

荒野へ踏み込む、西部劇の原初的なワクワク感

西部劇を観ていて、いつも胸が高鳴る瞬間がある。

それは、登場人物たちが町や砦を離れ、馬に乗って乾いた大地へ分け入っていく場面だ。

町を抜けると、そこに広がっているのは、砂ぼこりの立つむきだしの荒野である。遠くの町へ向かうため、人を追うため、金鉱を探すため、逃げるため。理由はさまざまだが、そこにはいつも、文明の外側へ踏み出していくような高揚感がある。

例えば駅馬車では、危険な荒野を横断する旅そのものが物語の中心となり、赤い河では、牛を追って広大な大地を進み続ける旅路が描かれる。

 

どこまでも広がる空、遠くに連なる岩山、赤茶けた大地、遮るものの少ない地平線。馬でその中を進んでいく場面には、町の中では決して味わえない自由と解放感を感じる。

人の手の届かない圧倒的に雄大な風景の中へ、自分の身体ひとつで入っていくようなワクワクがある。

 

もちろん、荒野は美しいだけの場所ではない。

容赦なく照りつける日差し、喉の渇き、敵対する者たち、野生動物、道に迷う恐怖、そして死の気配。人間を守ってくれるものが少ない場所だからこそ、一歩奥へ進むたびに危険が迫ってくる

 

だが、その危険と隣り合わせだからこそ、馬で荒野を進む場面には、独特の解放感と緊張感が宿る。何にも縛られないようでいて、少しの判断ミスが命取りになる。

その厳しさと開放感の同居こそ、僕が西部劇に強く惹かれる理由のひとつだ。

 

 

 

『ブルーベリー 黄金の銃弾と亡霊』にも、まさにその感覚が濃く流れている

『彷徨えるドイツ人の金鉱』/『黄金の銃弾と亡霊』では、金鉱をめぐって、ブルーベリー、ラックナーたち、そして殺し屋たちが、それぞれの思惑を抱えながら荒野へ入っていく。

『アリゾナ・ラヴ』では、ブルーベリーとチワワ・パールの逃避行を軸に、追う者と追われる者の動きが乾いた大地の上で交錯していく。

どちらの物語にもあるのは、人間が欲望や執着に突き動かされ、町の外へ、荒野の奥へ奥へと進んでいく感覚である。

 

そして、その荒野を描く絵がすばらしい

岩山のごつごつとした質感、乾いた大地の広がり、砂ぼこりをまとった町並み、馬に乗る男たちの姿。

ジャン・ジローの絵は緻密でありながら、単に細かいだけではない。背景の岩や建物、人物の表情、馬の動きの一つひとつから、乾いた空気と土の匂いが立ち上がってくる。

特に印象的なのは、風景がただの背景として描かれていないことだ。荒野は、登場人物たちを包み込み、追い詰め、ときに飲み込もうとする巨大な存在としてそこにある。

人間たちは目的に向かって必死に進んでいるが、その背後には、いつも彼らよりはるかに大きな大地が広がっている。

 

この感覚には、ジャン・ジロー自身の体験も関わっているのかもしれない。

ジャン・ジローは若い頃に約9か月間メキシコで暮らし、その砂漠の風景に大きな衝撃を受けたという。本人は後に、その体験を「魂を文字どおり打ち砕かれたようだった」と振り返っている。

そう考えると、『ブルーベリー』に描かれる乾いた大地や岩山の空気にも、単なる想像だけではない、身体で受け止めた荒野の記憶が生きているのかもしれない。

 

 

登場人物たちには、風景を楽しむ余裕などほとんどない。彼らは追い、追われ、騙し、逃げ、目の前の目的に向かって荒野を駆けていく。

けれど読者の側には、その一コマ一コマに足を止める時間がある。岩山を眺め、町並みを眺め、乾いた道の先を眺める。そのうちに、物語を読んでいるだけでなく、登場人物たちと一緒に荒野を旅しているような感覚が立ち上がってくる。

 

登場人物たちと共に荒野へ踏み込み、その乾いた空気を全身で味わう。この感覚こそ、『ブルーベリー 黄金の銃弾と亡霊』の真骨頂なのだ。

 

 

 

 

 

力と策略がものをいう、荒野の人間模様

そして、この荒野の原理は、人間模様にも現れる。

町には保安官がいて、法律も存在する。だが、町を離れ、荒野へ入るほど、その力は急速に弱くなっていく。法が存在しないわけではない。ただ、すぐには助けてくれない。

荒野の真ん中では、最後に頼れるのは自分自身の判断と力だけである。
だからこそ、人間の欲望や駆け引きがむき出しになる。

 

『ブルーベリー 黄金の銃弾と亡霊』でも、まさにその感覚がある。

登場人物たちは、金鉱や大金、逃走や追跡といった目的を介して交錯していく。誰もが誰もを簡単には信用できない。いま協力すべきなのか、抜け駆けすべきなのか。相手を利用できるのか、それとも自分が利用されているのか。

誰もが、自分の手札が何なのかを考え、相手の弱みを探り、状況を少しでも有利に動かそうとする

銃の腕、馬を扱う力、機転、交渉力、嘘を見抜く勘、そして相手を出し抜く知恵が、そのまま生き抜く力になっていくのだ。

 

だからこそ、主人公ブルーベリーの人物像にも説得力が出てくる

ブルーベリーは、正義感あふれる理想的な英雄ではない。反骨精神が強く、ときには荒っぽく、敵を出し抜くこともあれば、自ら危険へ飛び込んでいくこともある。

銃の腕は一流だが、敵にしてやられ、追い詰められることも少なくない。それでも泥だらけになりながら這い上がり、その場その場で知恵を絞り、最後まであきらめずに行動する。

その野性味としぶとさこそ、荒野という世界を生き抜く男の魅力なのだ。

 

 

 

 

 

荒野の中の「隠れ家」──砂漠のオアシスの魅力

最後に、少し個人的なお気に入りをひとつ挙げておきたい。

それは、荒野の中にひっそりと現れる「隠れ家」のような場所である。

どの作品にも、砂ぼこりと奇岩に囲まれた厳しい荒野の中に、まるで砂漠のオアシスのような居住空間が登場する。外の過酷な世界からほんの少しだけ切り離された、人目につかない静かな隠れ場所だ。

こうした場所を見ると、大人になった今でも、どこか秘密基地に心を惹かれるようなワクワクした気持ちになる。荒野が厳しい世界だからこそ、そこでようやく見つかる小さな安らぎは、より魅力的に映るのだろう。

ぜひ作品に登場する、しばらく腰を下ろしてゆったり過ごしたくなるような「隠れ家」の趣も、あわせて味わってみてほしい。

 

 

 

『ブルーベリー 黄金の銃弾と亡霊』表紙(出典:Amazon商品ページ)

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ここまで、『ブルーベリー 黄金の銃弾と亡霊』そのものの魅力について書いてきた。

ただ、この作品を読んでいると、物語の外側にも目を向けたくなってくる。現実のアメリカ西部の風景や、この作品と響き合う漫画・ゲームへと自然に興味が広がっていくのだ。

最後に、この漫画の余韻をさらに楽しめるものを、いくつか紹介して締めくくりたいと思う。

 

 

 

現実のアメリカ西部へ──この漫画から思い出す風景

『ブルーベリー』の舞台となるアメリカ西部には、現実にもこの作品を思い出させる風景が数多く残っている。

もし、この漫画に流れる乾いた空気や荒野を旅する感覚に惹かれたなら、ぜひ一度、本物のアメリカ西部も訪れてみてほしい

ここでは、僕が実際に訪れた場所の中から、本作の世界観を特に感じた風景をいくつか紹介したい。

 

 

モニュメントバレー(アリゾナ州・ユタ州)

アリゾナ州とユタ州の州境に広がる砂漠地帯で、西部劇を象徴する風景として世界的に知られている。

赤い大地から巨大な岩山がそびえ立つ景色は、『ブルーベリー』に描かれる壮大な荒野を、そのまま現実で見ているような気持ちにさせてくれる。

 

モニュメントバレー (撮影:筆者)

 

モニュメントバレー (撮影:筆者)

 

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アーチーズ国立公園(ユタ州)

ユタ州東部にある国立公園で、2000を超える天然アーチや奇岩群が広大な砂漠の中に点在している。

どこまでも続く赤茶けた岩山と乾いた大地は、本作に流れる荒野の空気を強く感じさせる風景である。

 

アーチーズ国立公園 (撮影:筆者)

 

アーチーズ国立公園 (撮影:筆者)

 

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メサベルデ国立公園(コロラド州)

コロラド州南西部にある国立公園で、古代プエブロ人が断崖に築いた住居跡が数多く残されている。

岩壁の中にひっそりと築かれた集落は、『ブルーベリー』にも通じる、荒野の中で人々が生きた歴史を静かに感じさせてくれる。

 

メサベルデ国立公園 (撮影:筆者)

 

 

 

ツーソン(アリゾナ州)

アリゾナ州南部に位置する町で、スペインやメキシコの文化が色濃く残る、西部劇ゆかりの土地でもある。

アドベ(日干しレンガ)造りの建物や小さな教会が残る町並みには、本作にも通じる素朴で乾いた空気が漂っている。

 

ツーソン郊外に建つサン・ザビエル伝道教会(撮影:筆者)

 

 

 

サンタフェ(ニューメキシコ州)

ニューメキシコ州の州都で、アメリカ最古級の都市のひとつとして知られ、現在も歴史ある街並みが残されている。

土色の建物や小さな教会が並ぶ風景は、西部劇の世界へ入り込んだような趣があり、『ブルーベリー』の余韻を思い出させてくれる。

 

サンタフェの聖フランシス大聖堂 (撮影:筆者)

 

 

 

 

 

『ブルーベリー』が気に入った人におすすめしたい作品

最後に、『ブルーベリー』で感じた乾いた空気や旅情を、別の形で味わえる作品を紹介したい。

 

 

『アルザック(Arzach)』

同じジャン・ジロー(メビウス)の漫画作品なら、ぜひ『アルザック』もおすすめしたい。

西部劇ではなくSF作品であり、セリフもほとんど存在しないが、広大で荒涼とした異世界を漂うような感覚や、絵そのものが生み出す空気感には、『ブルーベリー』にも通じる魅力がある。

本書の中心となる4作品を合わせても30ページ余りしかない。それでも、絵画集のように何度もページを開いて眺めたくなる、不思議な味わいを持った一冊である。

 

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『レッド・デッド・リデンプション(Red Dead Redemption)』

『ブルーベリー』で味わえる乾いた荒野の旅や、危険な土地へ踏み込んでいく高揚感が気に入ったなら、オープンワールドゲーム『レッド・デッド・リデンプション』もぜひ体験してほしい。

広大なアメリカ西部を馬で旅し、町を離れ、人里離れた荒野を進み、ときに命がけの人間模様に巻き込まれていく感覚は、本作とも深く響き合っている。

アメリカ西部の乾いた空気と荒野の肌触りを、極めて濃密に味わえる作品だ。

 

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